【まとめ】大人も子供も知って楽しい♪ものの始まり

今あたり前のように身の回りにあるものは、どこかの国から日本に伝わったものかも!?誰かが必死になって考えて、やっと発明したものもたくさんあります。そんな、ものの始まりを知ることで、ものをもっと大切にしようと思えたり、自分でも何か作ってみようと思えるかもしれません。

私はもともと、ものの始まりや由来を知るのが好きでした。最近、小学生の娘と何冊か本を読んで、おもしろいなと思ったものをまとめてみました。


カレーライス

カレーはもともとインド料理。インドを植民地にしていたイギリスが18世紀に、カレーをヨーロッパに伝えます。インドのカレーと違い、イギリスのカレーはとろみのあるものでした。そのイギリス風カレーが明治時代に日本に伝わりました。

レストランでカレーライスがはじめて売られたのは、1877年東京の風月堂という店で。お客さんは上流階級の人ばかり。日本人の口に合うように、様々な改良が加えられていきます。

日露戦争の頃、簡単に大量に作ることができるカレーライスは、日本の軍隊の定番メニューとなりました。全国の家庭でカレーライスの調理法が広まったのは、明治時代になってから(1926年以後)。


カステラ

江戸時代、坂本龍馬と奥さんが日本初の新婚旅行に行った際、お弁当はカステラだったそう。消化に良く栄養もあることから山登りに最適だと言われたからだとか。「カステラ」の名前の由来はスペインのカスティリア王国。


遊園地

王さまや貴族の広い庭を市民に開放したことがはじまり。はじめは、大人の遊び場だった遊園地は、のちに子供を連れたお母さんたちでにぎわい、ジェットコースターや観覧車などの遊具がつくられるようになりました。

最も古い遊園地はイギリスのロンドンで1728年に開園しました。日本初の遊園地は、1853年に江戸・浅草(今の東京)につくられた「花屋敷」。

初のジェットコースターは、1884年のアメリカで生まれました。ニューヨークの「コニーアイランド」という遊園地に作られたのがはじまり。炭鉱で石炭を運ぶ貨車からアイデアを得て作られたのだといいます。今とは違い、終点までまっすぐの道を走り、始点までは人や牛、馬の力でもとに戻していました。


任天堂

ニンテンドーDSやWill(ウィー)など、電子ゲーム機器でおなじみの任天堂。もともとは、トランプや花札のメーカーだったそうです。

テレビゲーム機がはじめて作れたのはアメリカで、1971年のこと。はじめは業務用のゲーム機が遊園地などに置かれていました。様々な会社がゲームを開発していくなか、70年代後半にはテレビゲームのブームが起こりました。

もっと気軽に楽しめる小型のゲーム機があればいいのに

ある日、任天堂の開発部員が電話に乗っている際に、いいアイデアを思いつきます。それは、電卓で遊んでいるサラリーマンを見かけたからでした。その社員は早速、社長に報告し開発がはじまったというわけです。1980年、世界初の携帯型電子ゲーム機「ゲーム&ウォッチ」が誕生しました。

1つのゲームしか遊べなかった機械からソフトを入れ替えていろんなゲームで遊べるものへ進化。これが「ファミコン」(1983年)です。


オセロ

中学生のとき、長谷川五郎という人が、休み時間に遊べて勝ち負けが決まる遊びは何かないかと考えたのがオセロのはじまり。商品化されたのは1973年。簡単なルールで楽しく遊べるオセロは、世界にも広がっていきました。


郵便

王様の命令を伝えるものだった郵便。普通の人々も使えるようになったのは、1635年イギリスがはじまり。日本で誰もが使えるようになったのは、1663年の江戸時代こと。「飛脚」と呼ばれ、今の東京から大阪まで届けるのに6日間ほどかかっていました。

明治時代には、イギリスの郵便制度をまねて国の郵便制度がつくられます。郵便局間を「郵便馬車」で運ぶようになります。


盲導犬

盲導犬の訓練はオーストリア、ウィーンで神父さんがはじめました。本格的な訓練は第二次世界大戦後のドイツです。戦争で目が不自由になった軍人を助けるため、盲導犬を訓練する学校がつくられました。その後、世界に広まっていきます。

日本では、ドイツから4頭の盲導犬が連れてこられました。しかし、第二次世界大戦後があったため、盲導犬の育成は長くは続きませんでした。その後、1957年に盲導犬に訓練に成功。ジャーマン・シェパードのチャンピィです。


自動車

ガソリンを燃料にして走る自動車ができたのは1886年ドイツ。ベンツとダイムラーによって。1910年(アメリカ)には工場で流れ作業をすることで、自動車の組み立てができるようになります。大量生産できるようになり、価格は下がり、人々の間に広まるようになりました。

日本に自動車が持ち込まれた1900年、皇太子の結婚祝いに自動車が送られました。試運転が行われたさいに、ハンドルを切りそこね、堀に落ちてしまいます。人も車も無事でしたが、危ない乗り物に皇太子は乗せられないと、その自動車は倉庫にしまわれたそうです。


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